バイオアートは日々形が変わり続けている。それは人間が生きている社会も同じ。変化していく過程においては、不確実さや複雑さ、異なる価値観や文化的な軋轢など、必ずしもポジティブではないものがある中で、自分なりの考え方に向き合うことが大切なのではないか。バイオアーティスト福原志保が、easel BioArtに込めた想いを語ります。
easel BioArt|◎監修=福原志保|◎共同編集=蔡海
1 わからないからこそ、
多様な視点、価値観で紐解く。
それがバイオアートの使命
バイオアートって聞き慣れない言葉かもしれません。
バイオテクノロジーというサイエンティフィックな分野とその対極にあるようなアート−前者が生命にまつわる“正しさ”を見つける作業なら、後者はそこに哲学的な死生観をもたらすものだと思います。
生命の起源が現在でも謎なように、わからないことや不確実なことはたくさんある。だからと言って、何か色々やると危険なんじゃないか、怖いから何もしないというのは違うと思います。
わからないからこそ、いろんな視点、価値観で紐解いていく。それがバイオアートの使命だと考えています。
だから、これがバイオアートと定義できるものではなく、社会が変わり続けるように、常にその形も変わり続けています。
乳がんを患った私自身の経験を例にすると、がんはまだまだわからないことがたくさんありますが、他の病気と比べるとわかっていることも多い。だからこそ治療法も多様で、がんへの考え方も多様です。実際に治らないかも、いや治るかもと言われたりしました。
あれこれ言っているうちに、不確実性から確実性が出てきて、そんなに不安に思わなくてもいいんだと。がんと向き合う中で、がん細胞とは何か考えるようになり、次第にがん細胞は不良息子なんじゃないかと考えるように。そこから、『supercell』という作品も生まれました。
2
easel BioArtを通じて、
みんなで好き勝手に対話する機会や
時間を持ってほしい
バイオアートに限らず、AI技術や脳科学の進歩など、新しい分野や不確実性の高い物事に対し、さまざまな意見が飛び交っています。そんな“わからないこと”に対して、不安や恐怖を感じ、これって一体この先どうなるんだろう?という“モヤモヤ”が生まれる。
こうしたモヤモヤをこの教材を手に取った人に与えていきたい。それがeasel BioArtが目指すものです。
みなさん、ぜひeasel BioArtを通じて感じたことや考えたことを、家族や友人、同僚など、身の回りの人と対話してください。
みんなで意見を言い合って、多様な認識や考えが集まることで見えてくるものがあると思います。他者と対話する過程を通じて、自分なりの考え方にも向き合っていく。これを私はクラウド思考と呼んでいます。
全ての物事には両側面があって、その背景にはいろんな原因や理由がある。だから、単に白黒つけるのではなく、その複雑さを丁寧に紐解いていく。みんな違って当たり前で、その違いを認識し、そこにどうやって共感を持つことができるか。
今、不確定な時代と言われていますが、それは違う形でずっと続いていて、これを乗り越えていくには、多様な存在や考え方を認める寛容さや想像力が大事なんだと思います。
3教科書に載っていない
世界がここにある。
自分が生きている社会と向き合っていく
私自身は、父が遺伝に関する研究者、母がファッションデザイナーという環境で育ち、最初からアートとサイエンスが混ざり合って、生活の一部になっていました。だからと言って、初めからバイオアーティストになろうと思っていたわけではなく、自分の好奇心と付き合っていくうちに、こういうことが好きだとわかってきたんです。
最初からわかりきったことをやるのは面白くない。できないと思ってもまずはやってみる。そんなふうに取り組んできた結果、今がある。
会社員として活動しながらアーティストを続けているのもそうです。私という人間を通して、こんなやり方や生き方もあるんだということを知ってもらえたら嬉しいです。
学校で学ぶことが全てではない。子どもでも社会人でも高齢の方でも、何歳でも知ったり学んだりしていい。むしろ、教科書に載っていないような世界があることを、このeasel BioArtを通じて知ってほしい。
そこから今、自分が生きている社会と向き合っていくことにつながればいいと考えています。
アーティスト、研究者、開発者。2001年ロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ卒業、2003年ロイヤル・カレッジ・オブ・アート修了。2004年ゲオアグ・トレメルとアーティスティック・リサーチ・フレームワーク『BCL』を結成。現在、自然科学とヒトの認識のエラーの隙間を冒険する工芸家、アーティスト、研究者によるコレクティブ『HUMAN AWESOME ERROR』に所属。